震災報道の蛇足感を言い当てたTBSラジオ「たまむすび」が素晴らしすぎる!

みなさん TBSラジオの
「たまむすび」っていう番組
ご存知でしょうか?

「たまむすび」 ←クリックしてね

知らない方は
上のホームページを見ていただくとして

4月25日(月)の放送内容に
素晴らしい「知性」の
ぶつかり合いを感じたんで
ここで紹介したいと思います

ぶつかり合いと言っても
言い合いとかそんなんじゃ
全然ありませんよ

なんとも素晴らしい意見交換が
わずか10分余りの間に
一切の無駄を排して行われたという
昨今の報道に是非見習ってもらいたい
私にとっては極めて有意義なコンテンツでした

 

この日の出演者は
MCの赤江珠緒さん
パートナーのカンニング竹山さん
そして
「週間ニッポンの空気」という
コーナーを担当されてる小田嶋隆さん
でした

先日亡くなられたプリンスさんの話題の後
熊本地震に於けるマスコミ問題
についての言及が始まります

 

まずは小田嶋さんのコメント

これまでの大きな災害の経験を通じて
取材マナーは少しずつ洗練されてきている
というメディア側の言い分を紹介した後
にもかかわらず
現地取材へ反撥する態度は
むしろ大きくなっているという事実
理由の1つとして
ネットによる報道態度の晒し行為は
言うまでもないが これは
今までSNSなどという便利なツールが
なかった時代から
マスコミに対して持っていた不満が
一気に爆発したのではないか
という見方もできる と
これまで現地で自由奔放に取材してた側が
いつしか取材される(晒される)側にも
変容しているという紛れもない事実
腕章さえ付けてれば
我が物顔で現場を行き来できてた
昔の空気感のままでは
仕事をすることなど
もはや不可能なマスコミ各社
解決方法の1つとしては
マスコミ側が出資し
ネット上に議論の場を設けること
そうでもしないと
蔓延するマスコミ不信は
いつまで経っても払拭することは
できないであろう
はっきりしてるのは
当事者の声と単なる野次馬のそれを
明確に区別できなければ
対処し辛いということ
事件や事故が大きければ大きいほど
野次馬の声だけが
大きく聞こえてしまうものなのだ
今回とても象徴的だったのが
「弁当ツイート」の一件
あんなことにワイワイ騒ぎ立てるのは
被災地の人たちでないことだけは
明白なのだから

 

これを受けて
東日本大震災の時に
取材する側として現地入りしてた赤江さんが
当時の様子を語ります

「カメラ回す時に いきなりじゃなくて
ちゃんと丁寧に許可を取ってから
やったりしてたんですが
実は 東日本大震災の時から
始まったことがありまして
特定の人を集中して写さない
という決まりがそれまでありまして
というのも
困ってる人の格差が出てしまうので
ここではこれが足りない
こういうことで困ってるとか
ある特定の人や地域だけの放送をすると
不公平が出てしまうということで
でも
東日本の時には
どこに誰が どこの避難所にいるかとかが
お互いに連絡が取れないという状況で
特に最初の頃はそれがひどくて
そういう時に我々テレビ局が現地入りすると
自分たちをどうぞ写してくれ と
当事者の方々が口々に言ってきて
ここに自分たちがいるってことを
親戚の人たちや知人がもし見てたら伝えたいから
でもその要望を満たすべきかどうか
各社は最初悩んだんです
前例がないから
この人を写してあの人は写してないとか
そういう不公平が出るんじゃないかと
でも
今テレビにできることって
実はそれしかないんじゃないか
という結論がいつの間にか出始めて
じゃ やろう! ということになって
当事者の方々にフリップを持ってもらったり
言いたいことがあるなら
どうぞカメラに向かって喋ってくださいとか
1つの局がやるようになると
その他も右に倣えということで
当事者側のニーズに応えていったんですよ」

 

小田嶋さん
「だから今回のマスコミ問題も
取材する前に当事者の方々に対して
ちゃんとした詫びの一言があるか否か
だという気がするんですよ
社会的礼儀の有無
決してマスコミ丸ごと拒絶しますとか
そういう問題ではハナからないと思う」

 

赤江さん
「自然災害の場合は特に
その日その日によって現地が欲しているものが
次々と変わっていくんですよ
昨日までは水が必要だったけど
今日からは毛布が足りないので用意して欲しいとか
ニーズが変わって行くんで
取材する側はその辺のことに
常に敏感であり続けなければならないです
ある日避難所を訪れると
カンパンあるから食ってってくれ って
逆に頼まれたりするんですよ
今から料理するから一緒にどうぞ
食べてってくださいみたいな
要するに食料が余ってしまって
始末出来ない状況とかも
逆にあったりするわけなんですね
かと思えば
まったく食料が足りていない地域もある
つまりは
まったくマニュアルなんてものは通用しない
と思って取材しないと
いきなりしっぺ返しを食う状況だと思います
現場現場 その時その時で
臨機応変に 柔軟に対応しないと
ダメなんじゃないかと」

 

小田嶋さん
「今回のマスコミ問題
いろいろ話を聞いてみると
放送時間に間に合わせるために
なんとか取材を早く終わらせて
東京のキー局へ素材を送らなければみたいな
そういう「焦り」の背景があったみたいですよ
現場慣れしていない
若いディレクターやカメラマンが
当事者の方々への挨拶もなしに
いきなり仕事始めだすとか」

 

赤江さん
「たとえばニュース枠に見合った素材が
撮れなかったなんてことは
今回の場合を筆頭に
日常茶飯事なわけですよ
被災者の皆さんを第一に考えるなら
そこはキー局にいるお偉さん方が
撮れなくてもそれは仕方ないな と
器の大きさを示してもらわないと
いつまでたってもこういう問題は
収拾つかないですよ」

 

ここでカンニング竹山さんが
満を持してようやく口を開きます

「東日本と今回の熊本地震と
大きな違いが1つあるんですけど
東日本の時に
なんでみんながテレビに映してくれって
言ったかっていうと
あの時は 家が跡形も無くなって
街も無くなってしまって
身内もだいぶ亡くなって
誰が生きてて死んでるのか
誰が今どこにいるのか
判らなくなっちゃって
だからテレビというメディアも
役に立ったと思うんですよ
で 今回の熊本も
亡くなられた方いっぱいいらっしゃいますし
避難所にもたくさんの方々が
おられるんですけど
今回に関して
これはあくまで僕の個人的見解ですけど
マスメディアが一番ネットに対して
遅れをとってるのは
テレビって結局のところ
今を映すとか言ってますけど
テレビ側の事情なだけなんですよ
毎度おなじみレポーターが出てきて
避難所は今こんなです
◯◯が足りないと訴えておられます
みたいな
なんの役にも立っていないコメントの羅列
数日前とまた同じコメント言ってるわコイツ
みたいな
全く 電波の無駄遣い的行為
でも 一方ネットでは
今日◯日現在
◯◯避難所では◯◯が足りていません
という まさに当事者の皆さんが
今一番欲しいであろう情報を
どんどんどんどん発信してくれている
何が言いたいかというと
一番お金も人も持ってるはずのテレビが
一番やらなきゃいけないことが
ネットでは無償で行われているという
まさに本末転倒な事態は
ちょっとおかしいんじゃないか
っていうこと
災害で皆さん大変ですねぇ
なんて放送は
現時点で一番誰も欲していないもの
であるということを
早く判れよメディア各社
ということ
10年前の報道態勢と
何1つ変わっていないという失態
こういう時こそ
「リアルタイム」であることの認識が
大事になってくる」

 

赤江さん
「ただ伝えるだけでは
テレビなんてもう必要ない時代に
なったのではないか
目に見える形で
何かの役に立てなければ」

 

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以上です

行間から伺える意味を私なりに解釈し
勝手にコメントを改変していますが
意味に相違なしと判断し
掲載させていただきました

 

みなさんのコメント
全くおっしゃる通りです

こういう非常事態に
何かの役に立てなければ
そんなメディア
朽ちてゆくだけだと私も思います

かつてテレビの出現によって
恐れおののいた新聞業界
今 ネットの台頭によって
「ただの役立たず」と揶揄されるテレビ

テレビが生き残る道はただ1つ

番組のさらなる細分化しかありません

もはや「民放」なんていうシステムが
大きな顔できる時代ではないのです
バラエティーと深刻な報道が
同じチャンネルから流されている
なんてことこそが
「エセ正義感」による不自由さを
際立たせるのです

でないと
いつまで経っても同じことの繰り返し
になるのではないでしょうか?

 

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