東電OL殺人事件 点と点がみるみる線になる恐怖の実態 (1)

1949年
渡邊達雄さん
東京大学工学部を卒業後
東京電力へ入社します

その後
日本女子大を卒業した女性と結婚

1957年6月7日
2人の間に泰子さんが生まれます

彼女は
慶應義塾女子高等学校を経て

1975年
慶應義塾大学経済学部へ入学

同年
達雄さんは工務部副部長に就任

順風満帆に思えたその翌年

1976年
副部長を辞任(実際は解任)

さらにまた翌年

1977年7月
達雄さんはガンにより死亡
泰子さんが大学2年の時でした

工務部全体を統括する立場にあった達雄さんは
超大容量の高圧地中送電線を
東京都内に引く責任者でもあり
地震の際の地盤への影響については
かなり詳しかったはずです
つまり
原子力発電所が
大きな地震に対していかに無力であるか
お父さん子であったと言われてた泰子さんに
何度も何度も話して聞かせていたに
違いありません

1974年に発行された
タンプリンとコクランによる
「ホットパーティンクルに対する放射線基準」
という報告書の説明から始まり

同年に起こった
「原子力船むつ」放射能漏れ事故
浜岡や福島原発での配管亀裂疑惑騒動

あるいは同じく同年11月
プルトニウム燃料工場での
放射線被曝に関する内部告発者が
謎の事故死を遂げるという
「カレン・シルクウッド事件」

などを例に出して娘に話していた父

しかし
楽観的な構えで原発を推進しようとする
会社の意向に対して
疑問を投げかけるその態度に辟易してたのが
名家の出でお嬢様気質のであった
と言われています

「なんで東電にいるあなたが
原発反対なんてバカみたいなこと言うのよ!」

バカ正直で世渡り下手ゆえに
わずか1年で降格されてしまったことを
毎日のようになじられる彼が
妻から距離を置き その分
娘を溺愛するようになっても
なんら不思議はありません
となると
よけいに妻としては面白くなくなる
いつしか自分の娘は
夫をめぐってのライバルとなり
嫉妬心を隠さなかったとも言われており
その証拠に彼女は
泰子さんに恋人らしき相手ができると
徹底的に潰しにかかっていたらしいです

そして 立て続けに起こる不幸

ガンによる
それまでに兆候はあったのでしょうか?
いったい何のガンだったんでしょうか?
ガンとは突発的になるものなのでしょうか?

おそらく家族の誰一人として
ガンを疑わなかったでしょう
医者がそう宣告すれば
事後的にどうにでも
コントロール出来るものなのですから

何かとんでもない事実を知ってしまい
上司に報告するもそれがヤブヘビとなり
脅される結果になってしまったのか?

家族に危害を加えるとまで言われ
死に様の選択肢の1つ
「ガン」になることだったのか?

何より不可解なのは
こんなにも都合よくガンで死んでる人間が
東電OL事件の被害者の父
であるにもかかわらず
マスコミがこのことに関して
何ら追求していないという事実です

隠蔽と圧力があったのは明白です

2年後の 1979年3月28日
「ほら見たことか」と
天国から言われたかのように
「スリーマイル島原発事故」が発生

翌年1980年4月
父の意志を受け継ぐかのように
泰子さんは東電へ入社
総合職の同期入社は約200名
うち女性は8名
(ちなみに 彼女が死に至った時点での
女性在籍者は1名
管理職にまで昇りつめた者も1名
いずれも泰子さん本人のことである)

所属は本社の企画部調査課
国の財政や税制及びその運用などが
電気事業に与える影響を
テーマにした研究を行う
というのが主な仕事だったようです

この1ヶ月後の5月5日

「1980年4月に起こった
アメリカ海兵隊による
イランのアメリカ大使館人質救出作戦
についての私見」

という泰子さんの文章が
朝日新聞の「声」という欄に掲載されます
極めて興味深い考察であり
彼女がいかに知性溢れた人物であるかが
これを読めば如実に分かるものになっているので
全文を紹介します

 

理性を失った米国民の判断

アメリカの無謀な人質救出作戦に

全世界があぜんとする中

当のアメリカ国民の中には

この強攻策を是認している人が多いという

そこには 国際法上から

また 成功の可能性から

作戦自体は愚挙とはみなさない

という考え方があるともいわれる

だが

行為の原因の正当性を主張することは

今回のように

その影響が極めて重要な場合

妥当であるとは考えられない

少なくとも

今世紀のプラグマティズム

(pragmatism:

事象に即して具体的に考える立場

観念の意味と真理性は

それを行動に移した結果の

有効性いかんによって

明らかにされるとする

主としてアメリカで唱えられ

パース・ジェームズ・デューイがその代表者

実用主義=広辞苑)

の母体であるアメリカで

こうした議論がなされているということは

判断が いまや感情的なものになっている

ことを示すものではないだろうか

効果の有用性のみをもって

真理の価値を判断するという

プラグマティズムの思想的基礎が

正しいか否かは議論の余地がある

だが 抽象的論議をする場合は別としても

効果の有用性が価値として評価されるなら

それは アメリカが最もよく

理解しているはずである

それにもかかわらず 各国に対して

今回の作戦を批判する資格はない

というアメリカ国民は

もはや いらだちから

理性的判断を失っている

としかいえないのではないか

日本や西欧諸国が

これを戦争行為と決めつけるのは

避けるとしても 軽々しく

「人道的見地から 心情的には理解できる」

という態度をとってよいかどうかは

疑問である

 

新卒の入社1ヶ月目にして
大手新聞にて堂々たる持論を展開する才女
しかも
日本の原発政策が実は
アメリカの陰謀に依るところが大きい
遠回しに訴えている風にも読める筆力
将来が楽しみ と言うより
「末恐ろしい」という表現に近い存在感です
ただ この文章が公になることにより
この時点からすでに
米国側からマークされていた という見解は
十分にあり得る話です

 

(2)へつづく

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です