東電OL殺人事件 点と点がみるみる線になる恐怖の実態 (2)

入社当初は
それはそれはバイタリティー溢れた
仕事ぶりだったことでしょう
定期的に提出するレポートは
朝日新聞への投稿内容からも察するに
どれもこれもことごとく優れたものであり
賞を獲ったとまで聞きます

入社数年後の1986年
チェルノブイリ原発事故
起こったこの年から
彼女に拒食症の兆候が現れ始め
一時それによって入院にまで発展した
ということも言われています

いったい何があったのか?

父の意志を受け継ぐ形で
東電へ入社した泰子さん
それに足る実力があることも
自分自身分かっていたはずです
父の死を無駄にしてなるものか と
仕事帰りの同僚の誘いに乗ることもなく
最初の頃は 終電近くまで
独り会社に残って残業し
懸命にレポート作りなどに
集中してたのではないでしょうか
ほとんど意地になっていた
と言い換えてもいいかもしれません

他の社員たちとは目指すものが違い
それによってどうしても
浮き上がらざるを得ない「気高さ」
に起因するとはいえ
上司や同僚と飲酒することもなく
社内での私的な交際も
ほとんどなかったらしい泰子さん
何も事情を知らない社内の人間たちから
変人扱いされても不思議ではない
毎日の行動であったかもしれず

帰宅すればしたで
未だに母親からはライバル視され
夫が死んだのはお前のせいだ
とまで言われかねない勢いのプレッシャーを
かけられていた可能性は
決して少なくなかったとも想像でき

こうなるともぉどこにも居場所などなく
仕事をガンガン続ける事でしか
アイデンティティーを
維持出来なくなっていたのでは
とも思えるのです

それからさらに2年後の 1988年8月
泰子さんは
「日本リサーチ総合研究所」への
出向を命じられます

通常 東電でのエリート・コースとしては
電力中央研究所や NIRA(総合研究開発機構)
エネルギー総合工学研究所
などへの出向が通例で
三流のシンクタンクとみなされていた
日本リサーチ総研への出向(極めて稀なケース)は
左遷扱いと噂されても仕方ないものでした

厄介者扱い

父の意志に則った「反原発」を臭わせる
彼女の各レポートが目にあまり
会社が下した決定だと考えてしまうのは
私だけでしょうか?

多分にヤラセ臭い印象も否めない
日本リサーチ総研時代の
彼女の同僚からの証言があるので
一応参考程度に載せておきます

 

「化粧もほとんどしていなかったし

生気も喜怒哀楽の感情もなかった

本当に生きているのかという感じ」

(泰子さんと共同で
論文作成に当たっていた男性)

 

出向後まもなく
社内旅行でディズニーランドへ行った際
同園近くで撮られた写真に
泰子さんは数人の女性の同僚たちと収まっており
白のブラウスに黒のジャンパー・スカートという
学生気分そのままの地味な服装だったそうです
またその写真の彼女は
髪もそこそこ長く 顔もふっくらしており
拒食症で入院してたとは思えない
健康的なものであった という証言もあります

 

プライドばかり強くて上司からすれば

面倒な人だったと思います

経歴は確かにエリートですが

協調性というものが全くない

とにかく

コミュニケーション能力というものが

まるっきりないのです

(食は異常に細く)昼食といっても

クッキー1枚程度でした

彼女は小さなコーヒーカップに

インスタントコーヒーを3杯も入れて

お湯をほんのちょっと入れ

砂糖を気持ち悪くなるほど入れた

トルキッシュ・コーヒーのような

ドロドロのコーヒーをいつも飲んでいました

夜 家では何を食べるのと聞くと

お刺身を一切れか二切れくらい

と言っていました

泰子は食事で摂れない栄養を補う目的でか

職場の机の引き出しに

大量のビタミン剤を常に入れておき

毎日パカパカ飲んでいたようです

(彼女の向かいのデスクで
アルバイト仕事をしてた女性)

 

週刊誌報道によると この後

1989年
泰子さんはホステスでバイトを始め

1991年には
さらに売春行為にまで発展した

とされていますが

全く信憑性に欠ける証言の連鎖による
単なる妄想の域を出ない印象は拭えず
デマにデマの上塗りをした大幅な脚色感は
今もって否めないと考える人は
決して少なくないはずです

ただ

これは事実ではない などと
誰にも言えないというのが現実
本人がもうこの世にいないのですから
確かめようがありません

私自身 この事件に関する
少なくはない量の資料を読んできた
感触だけで言うなら
泰子さん売春説は
組織によるデッチあげに過ぎない
という立場なのですが
何しろ その私の考えも
単に仮説に過ぎないのです

この時期
彼女の行動に乱れが生じるには
十分な根拠があるようにも見えますが
性をセカンドビジネスとして立ち上げるというのは
いくらなんでも飛躍しすぎなのではないか
という「偏見」がどうしてもつきまとってしまい
これとは違う思考パターン(陰謀論)へ
どうしても流れて行ってしまう
ある種の「弱さ」も自覚しているつもりです

どちらにせよ
真実は藪の中なのです

 

(3)へつづく

 

(1)はこちらから

 

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