東電OL殺人事件 ウソで塗り固められた捜査と裁判 (2)

1997年10月14日
東京地裁で初公判が開かれました

マイナリさんは
取り調べから公判に至るまで
一貫して殺害を否認
その上
泰子さんとは全く面識などなかったと主張

しかし

1999年3月25日
東京地裁での第25回公判
今までとは全く逆のことを言い出し始めます

「泰子さんとは
路上で誘われて顔見知りになった」

4月26日 第26回公判
彼はついに
泰子さんと3回会ってセックスしたことを
認めてしまいます

自らの証言を翻したマイナリさんは
どのようなことを言い始めたのか?

順を追っていきましょう

 

1996年12月20日ごろ
マイナリさんは勤務先からの帰宅途中
泰子さんに
セックスしませんか? 1回5000円です」
と声掛けされます
ホテル代がないので と断ると
彼女は
「どこでも構わないですよ」
そこでマイナリさんは
自宅である粕谷ビル401号室へ連れ込んで
行為に及びます
この際
同居人2人も泰子さんの相手をした と証言

泰子さんは1000円しか持っていない客でも相手をし
行為に及ぶ場所がどこであろうと構わないらしく
殺害されたとされる8日前日も
事件現場「喜寿荘」向かいの駐車場で
中年男性とセックスしていたことが
警察により確認されており
この他
路地の物陰やビルの非常階段で行為するところを
付近の住民から目撃もされていた らしい
また公判では
これらと同じようなことが
彼女の客だったという人物の口からも発せられた

同年 大晦日ごろ
突然 泰子さんはマイナリさんの自宅へやってきて
「今日もセックスしませんか?」と誘ってくる
しかしマイナリさんは
同居人2人が反対したため帰ってもらった

 

翌年1997年1月末
路上であった泰子さんに
「今日はどうですか? 5000円ですけど」
と また誘われたが
マイナリさんは同居人が嫌がると思い
そのことを話すと
「どこでもいいですよ」という返事
彼は持ってた「喜寿荘」101号室の鍵を開け
事に及びます

2月25日〜3月2日のいずれかの日に
3回目となる泰子さんとの行為に及びます
その日彼女は
粕谷ビルの踊り場に立っていました
そこで誘われ また101号室で交わります
そして
この時使ったコンドームを同室トイレに捨て
鍵をかけずに部屋から出ます
鍵をかけなかったのは
また同じ部屋を使う事になるだろうから
という理由から と証言
(こうなると 鍵を返却した日が殺害した日より
前であろうが後であろうが
問題にならないという事になってしまう)

この日以来マイナリさんは
泰子さんには会っていない らしい

3月5日
101号室の鍵をMさんへ返しといてもらうよう
リラさんに頼む
リラさんは
「言われた通り翌日に返しておいた」と
捜査段階では供述していたが
連日連夜の取り調べの末
「3月6日には返していません」
自らの証言を否定
そのまま調書を作成させられ
検察はこれを公判に提出
「事件当日にマイナリ氏が鍵を持っていた
よって 彼が犯人である」
というストーリーを主張

 

これらの証言の後
泰子さんの手帳の内容
証拠として開示されます

1996年
12月12日〈? 外人3人(401) 1.1万〉
12月16日〈外人(401) 0.3万〉

1997年
1月29日〈? 0.5万〉
2月28日〈? 外人 0.2万〉

マイナリさんの証言によると
泰子さんと初めて会ったのは
12月20日ごろだが
手帳からは正確には
12月12日であったとみられる

〈?〉とあるのは
「名前不明」ととれるが 確証なし

12月16日も〈401〉と記されている
おそらくマイナリさんの部屋だろうが
彼の証言にはない日付である
彼が証言し忘れているだけなのか
もしくは同居人の誰かを
マイナリさんの知らない間に誘ったのか?

その後の
1月29日と2月28日に関しては
マイナリさんの証言とほぼ一致
ただ 1月29日の方に
〈外人〉と記載されていないのは何故なのか?
2月28日の金額が2000円と記入されているが
マイナリさんによると
5000円よりは少なかったことだけは
記憶にあるらしい
この時 お釣りをもらうつもりで
1万円札を出したが
お釣りがないと言われ
5000円に満たない細かい額になったらしい
「足りない分は次回でいいから」
と言われた とも証言

 

トイレに捨ててあったコンドームの
残留精液から検出された血液型はB型
DNA鑑定の結果
マイナリさんのものと一致
この結果を受け検察側は
コンドームが捨てられた日を
殺害があったとされる3月8日頃とし
泰子さんの手帳にあった
2月28日〈? 外人 0.2万〉は
マイナリさんのことではないと主張
逆に弁護側は
2月28日の記載は
マイナリさん自身のことであると主張

精子射精時点から時間経過とともに
その形状が崩れてゆく
この崩れ具合を見るため
帝京大学医学部講師である押尾茂氏が鑑定
その鑑定方法とは
任意に選んだ男性から採取した精液を
ブルーレット溶液に混ぜ
日ごとの変化を観察
事件現場のコンドームにあった精子の状態と比較
それにより 何日前の精子なのかを推定

101号室にあったコンドーム内の精子形状は
頭部のみしかなく
尾はあってもほとんど痕跡程度だった
鑑定用に採取された精子は
10日間放置したものは
頭部と尾部の分離度合は約40%
20日間放置したものは
80%が分離しており
この結果
事件現場にあった精子には
尾部が痕跡程度にしか残っていなかった
ということから見て
20日間は放置されていた
結論付けられる筈だったのだが
(つまり事件発覚日の3月19日より20日前
もし10日間の放置という結論になれば
殺害されたとみられる3月8日前後となり
検察側の主張に有利となる)
なんと押尾氏は
自分で行った鑑定結果に疑問を投げかける

押尾氏
「自分の実験は
清潔な環境でやったからこうなったが
現場のトイレは不潔だろうから
実験で20日かかった分離崩壊が
現場のトイレでは
わずか10日で起きても不思議はない」

「不潔な環境だと精子の崩壊が早い」
という見解は単なる仮説に過ぎず
なんら科学的合理性がない
正式なレポートとしてはどこにも通用しない
講師らしからぬ発言であるのだが
これに対して
まともにツッコミが入らない裁判とは
いったい如何なものであろうか?

 

マイナリさんが勤務していたインド料理店
「幕張マハラジャ」のタイムカード記録によると
泰子さんが殺害されたとされる8日
彼は午後10時少し過ぎに退店
電車を乗り継ぎ渋谷へ
そこから徒歩で粕谷ビル(自宅)近くへ
午後11時25分ごろ
泰子さんといるところを男に目撃されている
となっているが
果たしてこれは可能なのか?
というのが一つの争点となる

海浜幕張駅発 東京行きの京葉線は
午後10時台なら
7分発 22分発 37分発 52分発 の4本
勤務先から海浜幕張駅までは
急ぎ足でも5分はかかる

午後10時の閉店後 後片付けをし
ウェイターの制服を私服に着替え
駅へと徒歩で向かい
22分発に乗った と
マイナリさんは証言している

渋谷署の刑事が実際に歩いて調べたところ
7分発に乗り 最短距離を行くなら
なんとかギリギリ間に合う というもの
22分発に乗ったなら
いくらなんでも間に合わない
という結果が出た
ただ 7分発であろうと
ここには泰子さんとの売春交渉の時間は
一切含まれていない

警察は男による目撃証言の時間を 後に
「午後11時25分」から
「午後11時25分以降」と訂正
初公判の検察側冒頭陳述では
勤務先の退店時間は
タイムレコーダーの時間が
2分40秒進んでいたとして
「午後9時57分ごろ」としている
こう修正した上で検察側は
マイナリさんは7分発に乗車したと主張
弁護側は 7分発に間に合うよう
駅まで行くのは無理であり
22分発への乗車を強く主張した

 

巣鴨の民家の庭先で見つかった
泰子さんの定期入れからは
マイナリさんの指紋は検出されておらず
また マイナリさんにとっても
巣鴨という土地に知人がいるわけではなく
よって土地勘などあるはずもなく
結局 謎のまま放置されている

 

現場から採取された陰毛は16本
うち12本はDNA鑑定の結果
泰子さんとマイナリさんのものだと判明
残り4本のうち3本は
最後まで誰のものか判明せず
最後まで残った1本については
後に判明することになる〈後述(4)にて〉

 

泰子さんの血液型はO型
現場にあった
彼女のショルダーバッグの取っ手からは
マイナリさんと同じB型の血液型物質が検出

普段持ち歩いてた泰子さんのDNA型物質が圧倒的で
結論として
マイナリさんと同型のDNAがあったとは認定されず

 

(3)へ続く

 

(1)はこちらから

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です